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ヒガシのDVD(ビデオ)見ちゃいました  その11 『MAKOTO』
久々の見ちゃったよ報告。
その11は、『MAKOTO』。
なんと、初めて下書き保存した日にちは、4月18日となっています。3ヶ月以上前ですね。それに、ナンバーもその6ですって。
ずっとほったらかしだったんだなあ。すまなかったね。


今回は(も?)、ちょっとした大作です。
というのも、荒くない筋を、主人公の心情とともに書き連ねているからです。
この心情がね、私の勝手な思い込みによる捏造です。ですから、信用してはいけません。
また、そんな勝手な妄想は見たくないという人は、見ないでね。


とにかく、長いです・・・・・・・・・・。
監察医の真言(マコト)は、ある特殊な能力を持っていた。この世に未練を持って死んだ人の霊が見えるのだ。男も女も大人も子供でも、あるときは病院の廊下に、またあるときは木々の影に立ち、青白い顔で真言をじっと見つめている。真言は、彼らと彼らが言葉を伝えたい人との橋渡しをすることが、自分の務めだと思っていた。
霊たちは、自分の思いを伝えるとき、ただ一度だけ実体を伴った姿になる。しかし、その告白は生きているものたちにとって耳に優しい言葉ではない。事実は必ずしも人の心を安らかにするものではないのだ。


真言には、妻がいた。
しかし彼女は、真言が仕事の呼び出しを受け、レストランで別れた後、交通事故でこの世を去っていた。何か言いたげだった彼女の言葉を聞かずに終わってしまったことが、真言の心に重くのしかかっていた。
彼女は今、部屋の片隅で青白い顔をして立っている。
しかし、真言には彼女がなにを言いたいのかわからなかった。


ある日、転落事故の再鑑定の依頼が舞い込んだ。
ベランダから男性が転落し、自殺とされた鑑定を不服とし、男性の妹が依頼したのだ。
彼女は、兄は突き落とされたのだと主張した。そして突き落としたのは、真言の妻なのだ、と。


真言は、現場である男性のマンションへと、同僚とともに赴いた。
彼女は真言に、
「霊はいるか」
と尋ねた。
自殺ならばいないし、もしも突き落とされた他殺ならば、マンションのどこかに男性の霊がいるはずだった。
ドアを開けた真言ははっとした。そこには、マンションの主らしい男が立ち、真言をじっと見つめていた。その意味するところにおののき、とっさに真言はうそをついた。
「いない」
と。しかし、そう言って振り返ると、今度は目前に男の青白い顔があった。
逃げるようにマンションを後にしたが、帰り着いた部屋の隅では妻が責めるような眼で自分を見ていた。



自殺という報告書を同僚が出そうとしていたとき、呼び出しがかかった。友人でもある刑事の話では、マンションからの転落だという。同じ部屋にいた女の話では自分で飛び降りたということだが、隣室の住人が2人が言い争う声を聞いていた。
刑事は真言に霊がいるかと尋ねた。
とっさに真言はこたえられなかった。聞かれる前に、死体として目の前に横たわる男が、暗い眼をして佇んでいるのを見つけてしまったからだ。


男は、再鑑定を依頼された男と同じポーズで死んでいた。
片手を伸ばした格好だ。誰もが意味を図りかねるそのポーズの意味を、真言だけが理解していた。
手が頭の近くにあるのは、頭をかばったからだ。覚悟の自殺なら、そんなことはしない。そんなことをするのは、事故か、あるいは突き落とされたからだ。その証拠に、2人の男たちは頭にも顔にも損傷を受けていなかった。
しかし、それを口にすることはできない。そんなことをすれば、自殺と鑑定した男の死因が突き落とされたものであることも知られてしまう。
「いや」
刑事の問いに、真言は目を伏せた。


その眼に飛び込んできたのは、茂みの中から真言を見つめる妻の姿だった。
妻は、ひどく怒っていた。青白い顔をして、無言で真言を責めていた。
妻を守りたい。しかし、妻はそれを望んでいない。
妻を守るためには、嘘をついてもかまわない。しかし、妻はそれを許さない。
かつて真言を、死んだ人間などどうでもいい、自分にだって言いたいことはあると責めた妻が、今霊の言葉に耳をふさごうとしている真言に怒りを燃やし、責めたてている。


真言は、自分のおろかさを、ようやく理解した。
自分が真実を隠そうとするのは、妻を守るためだけではない。妻が自分を裏切って不義を重ね、さらにはその相手を手にかけたということを、認めたくなかったからだということを、ようやく認めることができたのだ。
真言はとうとう、重い口を開いた。



真実を告白した後、姿の見えなくなった妻を捜し、真言はにぎやかな祭りの人ごみの中に飛び出した。
走り回り、さ迷い歩き、妻の名を呼ぶが、どこにもいない。やがて真言は海辺にたどり着いた。寄せては返す波の向こう、海と空の溶け合う世界の果てに行けば、妻に会える気がして、真言は暗い海へと足を踏み入れた。もはや、自分の居場所も見失い、妻も帰らない。妻が帰らないなら、自分があちらの住人になればいい。



すんでのところで刑事に止められ、真言はこちらとあちらの越えられない境界を知る。
生と死の境界は、自分にとってひどくあいまいなもので、自分もその狭間に存在しているはずだった。
なのにそこには、確かに境目があって、決して簡単に越えられるものではないのだ。
2つの世界は同時に存在して、境目はあいまいなもののように見える。それなのに、そこにはどうしても生身の自分には越えられない、高く厚い壁があるのだ。
自分と妻は、同じ空間に存在していると思っていた。
妻が自分にしか見えない存在となってからでさえも、それは変わらなかった。妻は、自分と同じところにいる。それだけで良かった。真実の告白などは聞きたくなかったし、ただ立っているだけの存在でも、永遠に失ってしまうよりは良かった。
しかし、2人は決して同じ空間などにはいなかったのだ。交わってはいるが決して同じとはならない世界に、2人はとうに別れてしまっていたのだ。生と死は、背中合わせ。1枚のカードの表と裏。切り離すことはできないが、2つが同じ面になることは永遠にないのだ。



海風に吹かれるテーブルで、真言は男の妹に報告書を手渡した。
妻は、容疑者死亡のままで書類送検されると告げ、償いは自分が一生をかけてすると言うと、妹は不審げに真言を見た。
「あなたを裏切ったのよ?何で、そんな人のこと・・・。」
たずねられた真言は、眼を伏せた。
「妻は、隠したまま死んで行こうとはしなかった。・・・話しても、わかってもらえないと思います。」


報告書を手にした妹は、代わりにボイスレコーダをーテーブルに置き立ち去った。
聞こえてきたのは、妹と妻の声。男の死後、2人が交わした会話が録音されていた。


妻は、淡々と語っていた。
寂しかったこと。その辛さから、再会した男にすがってしまったこと。けれど、真言には大切な仕事があり、それを忘れて彼を裏切ったことの重大さを思い知り、男に別れを切り出したこと。
男は拒否し、妻を脅した。そのときに決意をした。
妻は妹に言った。
私の中に、あなたのお兄さんはいらない。


真実はやはり厳しく、しかし優しかった。
全てを知った真言の前には、ボイスレコーダーの代わりにいつしか妻が座っていた。
ただ立ち尽くすだけの遠い存在ではなく、触れることも話すこともできるかつての妻そのままの存在として。しかしそれは、妻との別れが近いことをあらわしていた。真言はその肩を思わず引き寄せた。
「行くな。」
願いをこめて、愛する人をきつく抱きしめた。
「行くなよ。」
それでも、別れのときは容赦なくやってくる。真言を残し、妻は一人旅立って行った。


こちら側の存在だったはずの妻が、境界を越えてあちら側へと行ってしまい、こちらともあちらともいえないようなところを居場所にし、いつあちら側へ流れてもおかしくなかった真言は、いまだ境界に漂っている。
彼に寄り添おうとしてくれた妻は、もういない。
これからも、人の力に。
妻はそう言い残して消えた。
真言はこれからも、生と死、真実と虚構、愛と憎しみ、信頼と裏切り。そういったものたちの狭間を漂い続けるのだ。もはや、それ以外の生き方もできない。別れ際妻がそう望んだのは、真言への最後の思いやりだったかもしれない。
妻は失われたが、代わりに彼女は教えてくれた。自分には、居場所がある。なすべきことがある。


真言はそうして、彼の日常へと帰っていく。





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長いっ!長すぎるぞっっ!!
こんな長い荒(くない)筋、誰が読むんだ。
ま、たまに私が読みそうですが。たまに読み返して、言い回しとか単語とか助詞とか、そんなちっちゃい所を直すんだろうなあ。
ふふふ。


『MAKOTO』というのは、ヒガシ14年ぶりとなる主演映画だったわけです。
『山桜』といい、ちょっと地味系の映画を選びますね。趣深いというか。でもまあ、この作品に関しては、監督からかなり熱烈なラブコールがあったようなので、ほだされちゃった感じでしょうか。
*「不思議な力は美しいものに宿る」という考え

*スクリーンに映える俳優 静かに佇んでいて絵になる人
ということで、「東山紀之しかいない!」ということになったらしいですけど、そりゃまあそんなに褒められたら、嫌な気はしませんわね。


脚本家の初監督作。
この「初」というのが曲者で、どうも初めて監督として作る映画には、当然のことながら、誰しも思い入れが強くなるものです。で、映像にこだわろうとする。こだわるのはいいの。でも、こだわりすぎると、かの「キャシャーン」みたいになっちゃう。
映像はすっごくきれいなんだけど、あれれお話どんなだっけ?
になっちゃうのです。
「MAKOTO」も、ちょっと偏り気味。
とにかくきれいな映像をつなげてあるので、事件もいくつかあるのだけれど、それらがなんとな~く平坦に見える。色々なことが、ガツンとこない。ただ、粛々と進行していく。
それが監督の狙いなのかなとも思うけれど、私の好みとしては、もうちょっとひねりというか刺激が欲しいなあ。
ただ、きれいな映画だったことは確かです。
きれいだけで終わっているとは言わないけれど、後もうちょっと何かが欲しかった。
消え行く妻に真言が指輪をはめるシーンは、よかったよ。


というわけで、私なりにあれこれ付け加えて荒(くない)筋を書いてみました。
なので、長い。
すみません。
で、言いたい事はあらかた書いてしまったので、これ以上書くこともない。←もう疲れたということもあるけど
本当は関連本や、『オーラの泉』に出演したときのことも書きたかったんだけど、また今度。
何しろ、長くなりすぎた。
時間もないし、また今度ね~。
では!



いつも終わりが強引でスミマセン・・・。
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テーマ:雑記 - ジャンル:日記

[2009/07/25 23:05] | 東山紀之氏 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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